リレーコラム04「思春期男子のセラピーグループ」西村馨

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思春期男子のセラピーグループ 

西村 馨

 思春期に生じやすい問題として、不登校、いじめ、引きこもりなどがあげられる。それらに共通しているのは、対人関係のこじれや集団からの脱落ということである。
 多くの人にとって、思春期・青年期に得た友人との熱い関係は、一生忘れられぬ、自分を支えてくれるものとなるだろう。その反面、自意識が膨らみ、人との関係に敏感になり、仲間外れになることの恐怖を体験された方も多いだろう。そのことが、思春期の仲間関係や集団体験の豊かさと難しさの二面性を表している。心が不調のとき、仲間とともに成長していくという課題が、ハードルの高いものになってしまう。
 現在、教育機関での心理的支援としては、スクールカウンセリング、通級指導学級、地域の教育相談センター、適応指導教室(教育支援センター)など多層的な支援が整備されてきている一方で、「集団での傷つきは個人的ケアで」という発想がともすれば優勢である。グループで心理療法的接近を行うことの有効性は十分知られていない。
 確かに、集団場面で傷ついた子どもたちは集団をこわがり、再び傷つく恐れがあるのは事実である。だがその一方で、不安ながらも対人関係に飢えていて、一緒に遊んだり、たわいないことを話し合ったり、自分を語り合ったりする場を求めてもいる。そして、実際、グループでの仲間関係の体験は、孤独を癒すだけでなく、心理的成長をもたらすものとなる。

 筆者らは、大学施設において、毎週2時間の思春期セラピーグループを行っている。男女それぞれに少人数で構成され、活動をしながら対人交流や自己表現の展開を目指している。ここでは、男子グループの方を簡単に紹介しよう。
 セラピストは、教員(筆者)、大学院(臨床心理士)訓練生、それに中学校の教師が研修生として加わることもあった。
 メンバーは、不学校不適応や不登校などの問題を呈している中学生男子5~6名で、問題の背景には発達障害、うつや不安症状を抱えていることもある。家族との関係が微妙な影を落としていることもある。
 そういうメンバーが集まるグループにおいて何が一番大切か? それはグループにいることの安全感である。「ここにいていい」「ここで何を言っても否定されることはない」という感覚は、グループにいるモチベーションや楽しみになるだけでなく、自己を育て直す土台にもなる。この力は絶大なものがある。
 ただしそのためには、事前の準備面接を行って、グループの説明、やりたいことや目標の共有をするだけでなく、何よりセラピストに安心感を持ってもらうことが不可欠である。
 セッションは、言葉のやりとりだけで行う大人のセラピーグループとは異なり、活動を媒介にして、遊びや楽しみを基盤にしながら、自分の気持ちや考えを語る練習をしていく。身体系活動(卓球、ビリヤード、バドミントン等)、自己表現系活動(心理教育的カードゲーム、物語作り、ロールプレイ、描画等)、そして話し合いのパートで構成されている。

 集団での遊び体験は、共同、競争、衝突を通して互いの距離を試し、縮め、「地の自分」を出す練習になっている。そもそも、孤立の中にいる子どもにとっては、仲間との遊び自体が貴重な体験となる。そのような体験ができることは、思春期グループセラピーのひとつの大きな魅力である。
 だが単なる遊びだけでは成長は生じない。自分の苦しさをうまく表現できなかったり、まったく問題がないかのように語ったり、全部周囲が悪いかのように考えていたり、そもそも苦しいはずのことが自分ではよくわからないということさえある。それらを仲間同士でわかり合うことを通して自分で受け止めていく過程が必要なのである。
 私たちのグループでは、始めのうちは話し合いの時間が嫌がられたり、表面的な話題に流れたりする時期が続いた。おそらく強い緊張があったのだろう。自閉症スペクトラムのメンバーは、激しい衝突をしたりもした。本人の心情を察して落ち着かせ、相手の反応を丁寧に説明していく中で、それを理解する他のメンバーの支えもあって、信頼関係が築かれるようになった。お互いへの不安が克服されれば、話し合いの中でより個人的な事柄や不快な出来事にも向きあっていくことができるようになっていった。
 ときに、隠されていた愛情や切ない悲しみがグループを覆うことがある。そんな時、メンバーは無言でもじもじと手遊びをし始めたり、隣のメンバーにちょっかいを出したりする。全員がうつ伏せになってしまったことさえあった。それが、言葉にならない濃密な気持ちの独特な表現、共有の仕方なのである。
 このグループは参加が中学校卒業までである。そのため、受験をして進路を決めるという現実へのチャレンジがグループの仕上げとなる。自分の力で将来を決めることを成し遂げたメンバーの表情はすがすがしい。

 このようなグループセラピーの枠組みや考え方はさまざまな場所に応用可能であるはずである。ただし、心の自由さを保証するための境界設定(安全感の保障、秘密の保持など)はやはり不可欠であろう。それぞれの現場での工夫が求められる。
 セラピストには、子ども好きであること、能動的で、情緒的にオープンな姿勢と、適度なユーモアが必要である。グループでは強い情緒が喚起される。愛情関係が十分持てなかったメンバーに対しては、強い苛立ちや過剰な愛情が湧き起こる。そのような感情に留意しつつ、親身でストレートな愛情、関心を向け続ける必要がある。グループという場、仲間同士の関係に加えて、そのようなセラピストとの関係性が彼らの孤立感を癒し、人間関係や将来に対して希望の基盤となっていくのである。

 

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