リレーコラム17 落合尚美 2019年03月

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グループの多様性

落合尚美

私が勤務する総合病院では、精神科で行っている治療グループの他にも、心理教育から自助的な要素の濃いものまで、日々さまざまなグループが行われている。これらの様子を患者さんやスタッフから聴くことも多いが、それぞれに苦労があるようだ。がんのグループでは、病期により患者さんのがんに対する気持ちの向き合い方が違い、メンバー同士がぶつかることもある為、メンバーの自発性を尊重しつつも、スタッフ介入のタイミングに気を配っているという。また、近親者を亡くしたグリーフの会では、メンバーもスタッフも行きづまらないように、牧師などのサポートを入れる工夫をしている。身体の病気を抱えるグループも、その重さは想像に難くないが、それぞれのグループには、試行錯誤しながら培われた豊かな個性があり、グループの多様性を感じる。

私は日頃、自分の治療グループ以外に関わる機会はないが、先日、ひきこもりグループを一緒に行っているソーシャルワーカーの女性から、彼女が多職種で行っている、がんを抱えながら子育てをしている母親のグループ(通称ママグループ)のスーパービジョンをしてもらえないか、と相談を受けた。院内学会でママグループの報告を聴いてみると、専門家の講演と、茶話会という話し合いを組み合わせて、6クールで延べ60人が参加していた。メンバーからは、出会いの場ができた安心感などの感想が寄せられ、病気を抱えながらも、生き生きとしたグループの様子がうかがわれた。ママグループをはじめとした総合病院のグループは、スタッフも含めて規模の大きなオープングループが多く、テーマに沿って話し合う形式である。一方で、私が精神科外来で10年以上取り組んでいる、青年期ひきこもりのグループは、自由連想のバーバルグループであるが、メンバーはほとんど変化のない小さなグループであり、ずいぶん違いがあることも、興味深く感じた。

私のグループを振り返ると、長年メンバーとして参加してきたグループ体験や、治療グループとスーパービビジョン、学会の事例検討会で頂いた示唆など、さまざまな経験の中で、現在のグループの形がスタンダードなものとなってきたように思う。特に、治療グループについては、今も時々、昔のグループが懐かしくなり記録を読み返す。その一つであるコミュニティーミーティングは、当時勤務していた単科精神病院の新棟開設を機に始めたもので、運営に苦労もしたが、患者さんが新病棟への不安を吐きだせる場として役立った。また回想法を行うグループは、本来認知症が対象だが、心理の先生と相談して、病棟の高齢慢性期の方を対象に行った。患者さんが若い頃を思い出すような日用品を置くと良いと文献で勉強し、看護スタッフが、家から古い置物などを持ってきて雰囲気作りをして、患者さんを招いたところ、普段はほとんど発語のない統合失調症の患者さんが、戦争体験や地域の祭りなどを生き生きと語る様子に驚いた。今あらためて記録を読み返すと、‘こんなグループをやってみたい’というセラピストの思いが先走り、メンバーには申し訳ないところもあるが、私自身が多様なグループを経験できたことが今に繋がっていると思うと、一緒にグループを行ったスタッフやメンバーに感謝の気持ちがわく。

先に述べたママグループのスーパービジョンを引き受けるにあたっては、こうした私のグループと比較しながら、違いの中にある共通点を探しつつ、進めてゆければと考えている。精神科では、患者さんは家族や友人など対人関係の断絶を体験していることも多く、グループで他人と同じ時間を継続して過ごすことが、治療的になっている面がある。身体の病の場合も、健康に続いていた日常の断裂は、大きなテーマだと思われ、グループがその傷つきにどのように役に立てるのか、考えてゆきたい。また今回、ママグループがスーパービジョンを求める理由の一つに、スタッフから、「メンバーが気持ちを話すのは良いが、話しすぎて傷ついてしまうのではないかと心配な場面がある。」という声があがり、どう介入したら良いか、スーパーバイザーからの意見を聞きたいという。こうした配慮も、多様なグループに通底するセラピストの視点として、大切なことだと思う。

 (集団精神療法学会HP リレーコラム 2019年3月)

※PDFファイルで読む → リレーコラム17「グループの多様性」/落合尚美

 

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