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集団精神療法について

集団精神療法/集団療法について

集団精神療法(グループサイコセラピー)は、自分自身や対人関係などに悩みや問題を抱えていたり、生きにくさを感じたりしている人々が集まり交流する中で、互いに学びあい、自分自身の状況を理解し、より自分らしく生きていけるように支えあう精神療法の一つです。

言葉による交流が中心の集団精神療法の基本的なスタイルは、椅子をサークル状に並べ、各々が好きな席に座って行います。また、サイコドラマやエンカウンターグループなど様々な技法があり、ダンス・音楽・アートなどの創造的表現や、作業などの活動を通した交流が中心のものもあります。SST、心理教育、認知行動療法などを集団(グループ)で実施する場合もあります。これらを総称して集団療法(グループセラピー)とも呼ばれます。

集団精神療法/集団療法といっても、大事なのは集団ではなく―もちろん集団も大事ですが―、個人です。互いの多様性を認め合い、すべての人が等しく尊厳をもって扱われることが大前提です。リーダー(コンダクター、ファシリテーター、ディレクターなど)は、多くの場合複数いて、異なる視点で物事を見ることが出来るようにしています。

リーダーは、グループを導いていくのではなく、メンバーの自発性を尊重し、自由な交流を促すのが役割です。とくに重視するのは感情です。感情は人間関係の中で生まれます。それが、自分でも認めにくい感情であったり、相反する感情があって自分では取り扱えなかったりすると、様々な悩みや生きにくさにつながっていくことが多いのです。グループではそうした感情についてもオープンに話し合うことで、受け入れることが出来るようになったり、自分でも気づかなかった感情に気づいたりします。グループは人間関係の実験室でもあります。

ただ、そうした自由な交流が可能になるには、その場が安全であり、信頼に足る場であると感じられることが必要不可欠です。ただ仲良くしようというわけではありません。何人もの人がいるのですから、考え方や感じ方の違いがあって当然です。そこから誤解が生じたり、嫌になったりすることもあるでしょう。けれども違いを怖れず、互いに理解しようとするプロセスこそが大切なのです。容易なことではないでしょうが、集団精神療法/集団療法ではその困難な体験を通して得られる学びから、回復や成長が可能になると期待されているのです。

集団精神療法/集団療法の実践現場

日本における集団精神療法は、第二次世界大戦後の精神科病院での実践が始まりと言われています。ともすれば管理的、抑圧的になりがちな治療環境の中で、患者と共に病棟生活のことを話し合い、一人一人が主体性を取り戻し、自由で開放的な環境を作ることが目指されました。そのような集団精神療法の考え方は精神科病院の壁を越えて、精神保健福祉における共同作業所やグループホーム、デイケアなど時代と共に地域の活動へ広がって行きました。

取り組まれている内容は、実践する職員がよってたつ理論や、実際に現場で求められている内容によって様々です。また集団精神療法/集団療法を実施しようとする対象者の抱えている問題や、何を目的に実施するのかによっても具体的な取り組みは異なります。自由な話し合いといった言語交流を促すグループ、SSTや心理教育、作業や創造的表現活動、認知行動療法、サイコドラマ、エンカウンターグループなど、実際はそれぞれの現場で工夫を凝らしながら行われています。

集団精神療法/集団療法の理論や技法を用いた実践は、今では精神保健分野に限らず、児童養護施設や心理治療施設などの児童福祉領域、刑務所や少年院や更生施設などの司法領域、学校や教育支援室などの教育領域、地域の福祉サービスなどで行われるようになってきました。さらに企業に対する組織コンサルテーション、子ども食堂や地域のサロン活動などでも応用されています。対人支援に携わる支援者の訓練としての体験グループや自己啓発のために行われるもの、セルフヘルプ・グループ活動、災害支援における支援者支援の活動においても、集団精神療法/集団療法が活かされています。

グループの規模や形態も様々です。特定の疾患や障害を抱えた人、もしくは同じような悩みや困難を抱えた人だけを集めて行われるものもあれば、職員を含めた病棟全体や、学校や企業全体を一つのグループと見立てて、集団精神療法/集団療法の視点から捉える活動もあります。集団精神療法/集団療法に取り組むことを意図してグループを行うことだけでなく、理論や技法を学び、集団精神療法/集団療法の視点でグループを眺めることで、日常にあるちょっとしたグループ、普段の会議やスタッフ同士の雑談でさえ、いつもと違ったやりとりやグループの動きが見えてくるものです。