「心の中のグループ」
吉沢伸一
集団精神療法学会の幽霊部員の吉沢です。長らく学会に所属してきましたが、ほとんど参加していない私に、大橋さんから「集団学会でも頑張ってもらいたい!という願いも込めて!」とバトンが渡されました。バトンを手にした私は、どこに向かって行けばよいのか戸惑っています。というのも「グループの立ち上げ」がテーマですが、児童精神科クリニックで15年続けてきた思春期グループがコロナでストップし、再開しようと試みたところメンバーが集まらず、「グループの立ち上げ」困難な状況があるからです。実際には、ある程度集まって個別面接を経てアセスメント・グループを開始したのですが、数名が急に学校に行き出し、数名は現時点での参加は心理的負担がかなり強く、結局グループでの関わりを希望したのは1名だけだったのです。
思春期では特有の対人関係の困難さがあります。学校でのグループの傷つきが、同年代集団のグループによって癒され、対人希求性や主体性が発揮されていくのを私は何度も目の当たりにしてきました。グループに受け入れられ自信を回復する経験は、個人心理療法では到達できないものがあります。グループに安全感が醸成され、メンバーが語り難かった対人関係上の不安や恐怖を語り、共感され受け入れられ、迫害感が減退し新たな視野が開かれる、そして互いに思いやる雰囲気の中で成長していく様子は感動的です。私がグループを細々と続けてきたのは、このかけがえのない瞬間に立ち合えたからでしょう。
しかし今回、「グループの立ち上げ」がうまくいかず、グループを強く求めていたのは私自身であるということに気づかされました。思春期グループを維持するのは簡単ではありませんが、メンバーを支えているつもりが、実は自分がメンバーに支えられていたことを痛感しました。ここでひとつのグループ体験が私に思い起こされます。それは私がまだ若かりし頃、集団精神療法学会の事例検討グループで青年期の統合失調症グループの経験を発表した記憶です。今から思うと、当時の私は過度に防衛的でした。メンバーのコメントはどれも辛辣に聞こえ、責められていると感じ、私は苛立ってもいました。検討の後半で私の防衛力が幾分低下したのか、「あなた自身はこのグループをどう体験したのだろうか」というベテランのメンバーの声かけに、思わず泣きそうになりながら「怖かった...」と返答しました。その方はにこやかに「そうだよね、よかった、ちゃんと感じているんだね」「このグループで大事なのはそこだよね」と述べました。他のメンバーにも前半とは違う何か暖かい眼差しで私を見守ってくれている感じがありました。若く経験のない私は気負って精神分析的小集団を試みていたのですが、とてつもない恐怖感が蔓延しているグループを必死できりもりしていたのでした。気張らずには自分自身を保てなかったのでしょう。だから、検討グループでもはじめは脅かされる経験が強かったのです。後半では、むしろ怖くて怯えるのは当然のことで、そこに身を置いてはじめてグループで何が起きていたのか見えてくるのかもね、という応援メッセージがグループ内に漂っているようでした。メンバーの方々は私が自ら気づきを得るまで待っていてくれたのだと思います。「あー、私はあの時のグループに助けられたんだな、あの体験があったからこれまでグループを続けてきたんだ」「そして、同じようにグループで支えたいと思っているのかもしれない」と感じます。
近年の私は、ワークディスカッション・グループに関心をもち、過酷な現場で臨床実践を行う支援者をサポートする試みを行っています。困難な職域、組織、クライエントと向き合う中で、支援者は様々な圧力を受け、ときに傷つきます。また、自身を含め臨床現場で何が生じているのかを把握することすら困難な場合があります。とりわけ、トラウマが関与する現場では猶更です。支援者の傷つきが幾分手当てされ、本来の感じ考える力を回復していく上で、グループの力がとても有効です。私は、リーダーとしてグループをマネージしていますが、グループの力は個々のメンバーの総和をはるかに超えてくると実感しています。私自身が何度もメンバーに助けられています。かつてはグループの中で脅えて防衛的であった私ですが、今ならグループの力を信じることができます。
このように連想を重ねていくと、クリニックでの「グループの立ち上げ」は困難でしたが、私には「心の中のグループ」が根付いていること、既にそれが立ち上がっていることを感じます。困難な局面があっても何とか乗り越えようとする「心の中のグループ」があるからこそ、私はグループを、ひいては臨床実践を続けようとしているのだと思いました。大橋さんからバトンを渡され、どこに向かっていけばいいのか分かりませんでしたので、とりあえず立ち止まったまま、思い浮かんだままに書き連ねてきました。さて、そろそろ幽霊部員を卒業して、学会の方に向かって進んでみようかと思います。誰と出会い、バトンを手渡すことになるのでしょうか。あっ、あんなところに、懐かしい人が...
日本集団精神療法学会公式HPコラム 2025年4月
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