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リレーコラム「集団精神療法のさまざまなかたち」 No.10 ~クリエイティブアーツセラピー編①:アートセラピーの魅力

アートセラピーの魅力

斎藤 佐智子

私は読書感想文で原稿用紙2~3枚の文章を書くのに苦労するタイプだった。まず、目の前の文章から何を感じたのか自問するところから始まり、その感じたことを誰かに伝わるような言葉に変換するということに長い時間を要した。そして、なんとか文章を完成させたとしても、私は、どこかもの足りないその文章と自分の文才のなさにがっかりすることが多かった。そんな私がリレーコラムを書くことになった。広報委員から提案していただいた「アートセラピーの面白さや魅力が伝わる内容」を、果たして文章で伝えることができるのだろうか。

 私がアートセラピーを学んだ場所には、アートセラピーの他に、ミュージックセラピーや、ダンスセラピーの専攻があり、それら3領域の学生たちが一同に介するグループがたびたび行われていた。その面々は、プロダンサーとして活躍してきた人や、美術商、高校大学と順当に進んできた人に、子育てにひと段落ついた主婦までさまざまな背景を持っていた。つまり、彼らのクリエイティブ・アーツとの距離感はさまざまだった。クリエイティブ・アーツを学ぶ過程では、いかなる背景を持つ人も自ら絵を描き、音楽を奏で、ダンスをし、決して得意とは言えない領域にもそれぞれ足を踏み入れなければならなかった。身体の動きで表現をすることに気恥ずかしさを覚えていた私は、恥ずかしさ以外に何を感じたかもよくわからないまま体験を終了したし、即興で美しい音楽を奏でるミュージシャンたちのスキルの高さに圧倒されもした。

 アートセラピーを行う際に、「うまい下手ではない」「自由に」と伝えられることは多い。しかし、日本の臨床場面では、絵が心理査定の一つとして用いられることが多く、参加者も、臨床家自身も、自分の絵が他者からどう見られるかを多かれ少なかれ意識することになる。私がかつて気恥ずかしさを抱きながらぎこちない動きをしたように、視覚的な作品を作ることに抵抗があり、自由に表現することに難しさを感じる人は少なくないだろう。他の人が素晴らしい作品を制作するのを見て、自分にはできないと諦める気持ちも出てくるかもしれない。

 例えば、アートセラピーのグループはこんな風に進む。まず、今の自分の気持ちに耳を澄ませてみる。今感じていることをどうやって絵や作品にしていけばよいのだろう。途方に暮れる。見回すと既に何か思いついたらしい人が作業を開始していて、まだ作業にとりかかってもいない自分に焦りを感じる。逆に、他の人からヒントを得て自分にも何かできるかもしれないと思い直したりもする。手頃な画材を手に取り自分なりに試行錯誤しているといつしか夢中になるが、思うような「アート」ができずがっかりすることもある。そうして出来上がった作品を眺めながらグループで話していると、いとも簡単に制作をしているように見えた人も思い悩みながら制作していたことを知る。また、なんとも中途半端だと思っていた自分の作品から何かを感じ取ってくれる人もいて、少しほっとしたりもする。作品について話しているうちに、それぞれがその作品に至った思いに触れ、いつしか「うまい下手」ではない話題でやり取りをしていることに気づく。

 私がかつて読書感想文で経験した難しさは、自分のイメージを形にして表現する際にも似たような形で生じる。最初は先が見えないが、ある種の諦めにより作業を進めていると何かの形ができてくる。運が良いと、その際に葛藤や、歯がゆさや、悔しさや、楽しさや、安堵などさまざまな感情が一度に味わえる。さらに、アートの場合、作品を他の人と同じように眺めることができる。そうすると客観的にとらえられ、「自分はこんなことを感じていたのかもしれない」などという気づきとなることがある。普段、使い慣れている言語では予期せぬことはあまり起きないかもしれないが、馴染みの薄い媒体では、ときに新鮮な動きとして表れることもある。  そろそろ原稿用紙で言うと5枚目に突入した頃だろう。あの頃3枚の原稿用紙を前に途方に暮れていた私も、その後、とにかく書き始めればいつか書き終わる時がくるということを学び、以前よりもずっと長い文章が書けるようになった。なんなく書けるのかと言われたらそうではないし、いまだに入稿間近になってこれでよいのだろうかと不安になるが、書くことへの抵抗感は随分減ったように思う。それは、クリエイティブ・アーツセラピーの体験と似ている。最初は自分の創造性を引き出すことに苦戦するかもしれない。しかし、やってみないことにはそこにある面白さに出会えないのである。やはり私の文章では面白さや魅力は伝えきれない。体験したことがない人はまず1度、体験したことのある人はさらに何度か、体験してみてほしい。何回目でも、その都度新しい発見があるはず。

日本集団精神療法学会公式HPコラム No.10 2024年2月

※PDFファイルで読む →アートセラピーの魅力