リレーコラム「集団精神療法のさまざまなかたち」 No.12 ~クリエイティブアーツセラピー編③:音楽療法
音楽療法
高田由利子
芸術(art)という語彙は実に古くから存在し,「藝」は「わざ」や「才能」の意味をもつことから、芸術(art)とは特別な能力によって或る効果を実現する仕事とされていました (佐々木, 2013)。芸術家が自身を表現するために「わざ」を用いて作品を創造し、演奏するとき、芸術(art)を扱うセラピスト達は「わざ」をどのように用いるのでしょうか?まずは、音楽療法の歴史的な側面に着目してみたいと思います。旧約聖書のサムエル記には、ユダヤの王サウルの心の病を羊飼いのダビデが竪琴を演奏して癒したことが記されています。また、ギリシャの哲学者プラトンは音楽を“魂の薬”と言及するなど、音楽が人々の健康に何らかの概念をもって寄与されていたことを知ることができます(日野原, 2001)。芸術は、人々の精神によい効果をもたらす可能性のある媒体であるということが、紀元前から着目されていたことは大変に興味深いことです。音楽療法が現在のような学問体系になったのは,欧米での第2次世界大戦後の傷病兵の治療として、一回の鑑賞だけでは心理的な外傷(PTSD)の根治治療に至らなかったことが契機と言われています。日本では1980年代後半,医師達や教育家、音楽家、心理学者などが音楽療法を普及させるためにそれぞれの領域で臨床を始め、多数の音楽療法が誕生しました。次に、音楽療法の臨床的な側面に着目してみたいと思います。
まずは、音楽療法士は臨床場面において何をする人なのかについて、音楽療法の定義から考えてみたいと思います。アメリカの音楽療法の発展に貢献し続け、長年に亘り、ペンシルバニア州にあるテンプル大学で教鞭をとられたブルーシャ博士は、「音楽療法とは、クライエントが健康を改善、回復、維持するのを援助するために、音楽とそのあらゆる側面−身体的、感情的、知的、社会的、美的、そして霊的−を療法士が用いる相互人間関係的プロセスである」(ブルーシャ, 2001)と定義しています。定義によると、療法士はクライエントの健康の援助をする人であるということ、また、療法士は音楽のもつ多様な側面を理解し、クライエントのニーズに合わせて、その場に応じて使い分けていくこと、さらに、療法士がクライエントに一方的に介入するわけではなく、“相互に関わり合う”関係であり、その関係性には “プロセス”、つまり、継続性を伴うということが、芸術(art)を療法的に用いるためにも大切な点であると思います。
私自身は人間性心理学の理論を背景とし、クライエントがセッション室でふるまう“あるがまま”の姿を肯定し受容するといった療法的観点に基づいて臨床をしています。そのため、クライエントの瞬時の心の動きを察知し、その気持ちに合うように即興的に音楽を奏でるといった手法を取ります。これは個人や集団に関わらず、共通した手法となってきます。具体的には、集団音楽療法参加者(以下、メンバー)の一人一人が興味を示す楽器や音を一緒に探索します。その後、興味を示した楽器を介して音楽によるやり取りが始まるのですが、メンバーの一人一人が主体的に表現できるようにサポートしていきます。メンバーの発する音(声)が何よりも尊い瞬間ですので、その音(声)を瞬時に受け取り応えていくためにも、全身全霊をこめてメンバーの音(声)を聴きます。セッションも回数を経ると、徐々にお互いの心理的距離も安定し、集団力動もポジティブな方向に向かうことで、音楽的なやり取りはさらに深みを帯びて発展していきます。メンバー同士が、楽器に触りながら何となく音を出していくといった、形なく始まったやり取りが、徐々に受け答えへのような形に変容したり、メンバー同士が音を重ねることで生まれるハーモニーにうっとりしたり、あるいは音楽のダイナミクスによって感情を思い切り発散したりと、療法の中で生まれる関係性(絆)が音楽を媒体として強固な性質を帯びてきます。音楽による相互作用そのものが療法的な意味をもつことからも、ここでのセラピストの役割として重要なことは、メンバーの音(声)にいかに耳を傾けるかということと、それらをセラピスト自身の中で理解したり解釈し、響かせ続けることだと思います。ここでいう音(声)とは、メンバーの言葉にならない思い、あるいは、伝えることが難しいさまざまな感情など、顕在化の難しい音(声)も含まれます。
冒頭で述べた療法士の「わざ」に話を戻しますが、音楽療法の領域に限らず、我々セラピストは、クライエントと芸術(art)を媒体として向き合っています。すなわち、芸術(art)を介した相互関係のプロセスそのものが創造的なアプローチであると言えるでしょう。そこで、我々にとっての「わざ」とは、“表現する行為者”としての芸術的な視点をもつことと、“相互プロセスにおいて変容していく自己の洞察”としての臨床的な視点をもつことではないかと考えます。これらの視点を十分に備えることは、よりクライエント中心のセッションを繰り広げることを可能にすると思います。
引用文献
・Bruscia, K.E.(1998). Defining music therapy. Barcelona Publishers, Gilsum, NH.(生野里花訳:音楽療法を定義する.東海大学出版会,東京,2001.)
・日野原重明(監) (1998). 標準音楽療法入門〈上〉理論編. 東京, 春秋社
・佐々木健一(2013). 美学辞典. 東京, 東京大学出版会
日本集団精神療法学会公式HPコラム No.12 2024年4月
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