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リレーコラム「集団精神療法のさまざまなかたち」 No.11 ~クリエイティブアーツセラピー編②:ドラマセラピー

2024年3月3日

ドラマセラピー

尾上 明代

ドラマセラピーはドラマ・演劇のプロセスを意図的に用いて、自他の理解を深め、視点、行動、社会関係の変化を促し、感情的・身体的な統合を目指す体験的なアプローチです。ドラマセラピーに初めて触れる方も含めた皆様に、限られた紙面でお伝えするために、どの側面について執筆させていただくか、選択に悩みましたが、結局「自分でない人を演じる」という点をとりあげることにしました。「演劇」は、ドラマセラピーの5つのSources(出典分野)の一つであり(エムナー 2007)、まさに他者になる、他者の人生を生きるということは、ドラマセラピーにおける重要な要素の一つです。

人は誰でも、違う人生を生きてみたい、別の自分になってみたいと一度ならず思うことがあるのではないでしょうか。あなたはいかがですか?もちろん普段の私たちは、場に合わせて違う自分を生きて(つまりさまざまな役を演じて)います。しかし、一回の「人生」の中で「違う人」になって生きることはなかなか難しいと思います。全く違う職業につくとか、全く違う人と何度か結婚するとか、全く違う文化や環境の外国に移住するなど、「大きく違う人生」を選択することもあり得ますが、それとて基本的な「自分」は一貫しています。それに比べて「全く違う人」になるというのは、演劇やドラマでこそ可能になることです。(友人や家族が知らない別の顔をもつ人もいるとは思いますが・・・)俳優業の人以外は、上記の体験はなかなか得られないでしょう。

それが得られるものの一つがドラマセラピーです。しかもセラピーであるゆえに、単なる「体験」に終わらず、他者になった自分をグループの中でさまざまな角度からリフレクトするようセラピストから導かれるため、自分自身と他者(グループメンバーだけでなく、演じた「役」)への理解が深まります。ドラマセラピストたちは、この「自分ではない人を演じる」ことの意味・意義をオスカー・ワイルドのことばを使って説明しています。

「人は自分自身として語るとき最もその人自身から遠ざかっている。仮面を与えよ。そうすれば、人は真実を語るであろう。」

仮面(=役)を通して、そして架空だからこそ、かえって現実の自分が表現されて内面の理解が深まる、というパラドキシカルな現象が起きるのです。エムナーも「演劇における役は、人を保護すると同時に解放する」と説明しています。ほんの一例を挙げれば、誰かをいじめたい感情をもつ人が、シンデレラの継母役や、浦島太郎の亀をいじめる子ども役を演じることで、自分の抱える感情を開示したり行動化することなしに、それを解放することができるのです。抑圧されたり、無意識に抱いている感情を解放したり制御したりすることはセラピーの最も重要な側面の一つです。実際、今まで本当に多くの参加者が、「他者の役」を使って「ドラマ的現実」の中で、より安全に自己表現を果たし、洞察を深めてきました。しかも、シンデレラや浦島太郎をグループで演じ合う楽しさも同時についてきます。

ドラマセラピーでは、セッションを重ねて(例えばエムナーによれば、治療セッションの基本回数は1クール20回)プロセスを漸次的に発展・深化させていきます。その後半で、「現実」を題材に使ったり、「自分自身」の役を演じてもらうことももちろんあります。しかし長年実践してきた私が、特にドラマセラピーの特徴としてあげるとすれば、1. 架空の設定で、2. 自分ではない役を演じること、加えて3. (本稿では解説する字数の余裕はありませんが)良質なユーモアと楽しさ・笑いの共有の3つです。これらが個々のクライエントのみならず、グループ全体の変容と成長の鍵だと強く感じています。芸術活動を研究プロセスに使うABR(Arts-Based Research)を実践するマクニフ(2018)は、フィクションは「体験や現実を薄めたり損なったりするのではなく、かえってそれらを最適の仕方で豊かに高めてくれる」と述べています。

ナラティブ・アプローチを専門の一つとする森岡(2024)は、「仮構の世界は現実の世界よりも強い存在感をもっている」という和辻哲郎のことばを引き、仮構がリアル感を作り出し、その世界において人は意味を作り出すと述べています。またヴィゴツキーにも言及しながら「『自分でないもの』と今の私を関係づけるときに、人は成長変化する」と説明しており、私がこれまでドラマセラピーを説明する際に使ってきた表現と見事に合致しています。また「自分ではないものと今の私を関係づける」とは、とりもなおさずドラマでメタファーを使うことと同義であると考えられます。メタファーを使うと二つの別々の体験領域(現実の役と架空のドラマの役)を関連づけることができ、これらが結びつけられ統合されると、そこに新しい意味付けへの道ができてセラピューティックな創造が起きます(尾上, 2021)。

皆様、もし機会があれば体験なさってください。演じることへの不安(がある場合は)をとりのぞき、リラックスした状態で楽しく取り組めるように漸進的に進めていきます。(臨床現場だけではなく、一般参加者のワークショップの場合でも同じです。)このこと自体がドラマセラピストの専門的な仕事の一部です。是非「違う自分」を楽しんでいただければと思います。

文献/資料

エムナー. R.(2007).ドラマセラピーのプロセス・技法・上演-演じることから現実へ. 尾上明代訳.北大路書房

McNiff, S. (2018). Philosophical and practical foundations of artistic inquiry. Creating paradigms, methods, and presentations based in art. In Leavy, P. (Ed), Handbook of Arts-Based Research. The Guilford Press.

森岡正芳(2024). ナラティブを語る.立命館大学ものづくり質的研究センター 第22回研究会講義. 2024年1月23日

尾上明代(2021).ドラマセラピーの実践・研究・手法(5)-ドラマセラピーにおけるシンボル・メタファーの役割と意義- 対人援助学マガジン第45号 pp79-84.

https://www.humanservices.jp/wp/wp-content/uploads/magazine/vol45/15.pdf

日本集団精神療法学会公式HPコラム No.11 2024年3月

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