リレーコラム11 宮城崇史 2018年8月

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「最後のデイケア担当医」 

宮城崇史

私の「グループ」との関わりは、7年前にさかのぼる。

精神科医2年目に、新しく赴任した病院でデイケア担当医となった。入れ替わりで退職した前任者がデイケアを担当しており、それをそのまま引き継ぐことになった。

外来、入院をもちながら、デイケア担当医としての仕事は、週に1回、半日の「スタッフミーティング」、月に2回のデイケアメンバーとスタッフ全員が集まる「全体ミーティング」(いわゆるコミュニティ・ミーティング)、月に1回まる一日のデイケアメンバー、スタッフで行うレクリエーション(通称「全体レク」)に入ることだった。

いま思えば、どれもグループだった。スタッフミーティングは多職種で密な話をするグループだったし、全体レクも料理、カラオケ、温泉(+時に昼寝)といった活動グループだった。

最初のうちは、グループとは何か、自分が何をすればいいのか、さっぱり分からなかった。特に戸惑ったのは「全体ミーティング」だった。一緒にコンダクターをする心理士には、「ここにすわって、はじめとおわりをいうのが役割です」と教えてもらった(もう少し色々と教えてもらったはずだが、あまり覚えていない)。はじめの2ヶ月、4回は心理士がコンダクターをする様子をみせてもらい、3ヶ月目からは自分がコンダクターの席に座ることとなった。

我ながら寡黙なコンダクターだった。私はもともと自発的に発言することが得意ではない。はじめは、「とにかく、メンバーに話してもらおう」と受け身の姿勢だった。言葉や、時には動きを使って、感じていることや考えていることを語り合うメンバーに、グループのことを教えられ、助けられた。

ミーティングが終わると、レビューでグループの動きやメンバーのことをスタッフで振り返った。はじめは発言内容をなぞるだけだったが、京都集団療法研究会や集団精神療法学会に行くようになり、少しずつグループの力動を意識するようになった。

事情は割愛するが、私が担当するようになった三年目の年度末に、その二十数年続いたデイケアを閉じることになった。残り半年の時点でメンバーと家族に閉所することを伝えた。デイケアが居場所になっているメンバーにとって、一大事だった。全体ミーティングでは、閉所に対する不安や困惑や不満が語られた。また、そういうことを一切言葉にしないメンバーもいた。語られる言葉、語られない言葉に耳を傾けながら、同時進行で現実的に閉所後の行き先を探し、ケースワークを進めた。そして予定通り、デイケアは閉じた。

デイケア終了後、半年間、月に2回のフォローアップグループを行った。比較的ベテランのメンバーが多く参加してくれた。デイケアの思い出話や、デイケアがいかに助けになったか、という話もあれば、デイケアに通うのはしんどかったと吐露される場面もあった。デイケア終了後の現在の生活についても語られた。その時期、調子を崩したメンバーもいたが、ほとんどのメンバーは次の場所を見つけていった。閉所前よりも、メンバーが生き生きとしているようにみえた。それは、デイケア閉所という一大事に対する反応だったのかもしれないが、それにしてもメンバーのもつ力を私が感じるには十分であった。新たな場所に適応しようとする姿を、文字通りみせつけられた思いだった。振り返ってみて、果たして自分たちはデイケアという場で適切なリハビリテーションをできていたのか。デイケアという場でメンバーの力が養われたかもしれないが、その一方で利用が長期化することでメンバーがもっている力が削がれていなかったか。自分が「支援」と思っていることが、時と場合によって社会復帰や回復の足を引っ張りかねないことを思い知らされた。

メンバーのケアが必要と判断して実施したフォローアップグループだが、一番助けられたのは私かもしれない。デイケア閉所に伴い、様々な感情に消耗していた。怒濤の半年間が終わり、閉所という区切りの後、無くなったデイケアについて話す場所は、私にも必要だった。フォローアップグループの中で、コンダクターとして、より積極的に、いまの状況や、感じていることや考えていることをきくようになったし、自分からも話すようになったと思う。

長年続いた、デイケアというグループを閉じるのは大変な作業だった。しかし、その体験を通じて、グループのもつ力を思い知ることとなった。一緒にグループをすることで、メンバーのことをより深く理解したり、メンバーと自分との関係性について考えたり、自分自身が感じていることや考えていることに気付いたりすることができた。

デイケアを閉じた後、別の新しいグループの立ち上げに関わることになった。もっとグループの力を知りたい、グループの力を借りられるようになりたい、という気持ちにさせてくれたのは、間違いなくあのデイケアとフォローアップグループでの体験である。

グループにはいつか「おわり」がある。

だからこそ、「いま、ここ」に一緒にいることを大事に、グループに関わっていきたい。

(集団精神療法学会HP リレーコラム 2018年8月)

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