「グループと私」
石川見佳
1回限りの取り放題のビュッフェ。あれもこれも欲張って、お皿に取ってしまった。どれも魅力的で全部食べないともったいない気がして、ズボンのベルトをゆるめて頑張って食べた。咀嚼力がない私は何度も噛んで、最後は強引に水で流し込む。食べ過ぎたかな。ふぅとひと息。来てよかったな。プレコンを含めて3日間の第43回大会はそんな体験だった。
文字にすると形式的になるような感じがして対面でないのが残念ですが、大会を運営してくれた皆さんに、そしていろいろな場面で体験を共にしてくれた皆さんに、お礼を言いたい気持ちでいます。ありがとうございました。大変お疲れさまでした。
ここではバトンを引き継ごうと決めた時からの連想や大会を経て今、思い浮かんだことを書きます。水田さん、バトンしかと受け取りました!
年末にシクラメンを頂いた。一昨年も頂いたのだが調べずに外に置いておいたら寒さで長くもたずに申し訳ない思いをした。次こそと玄関に置いたが日陰だからか元気がなくなり日中は陽の当たる場所へ移すようにしたら少し復活した様子。マメでないから少しのお世話だけど少しでも元気が出てくれるといい。一方、私は足があるのに陽の当たる生活をしていないからか活動する気力が湧かない。炬燵に入っているのに一向に温まらず手足は冷たい。ゴロゴロしながら気の高まる方法を調べた。太極拳は気血の巡りを整えるとスマホが教えてくれる。めっきり運動不足の私は枠組みがあればやるだろうと、近くで太極拳を学べるところがあるかと検索した。するとなんというタイミング!来週から開始する太極拳教室を募集しているではないか。しかも市民講座なので安いし近い。経験者と初心者で曜日が分かれており、毎週1時間半の3ヵ月間。初心者コースは私の一番参加しやすい日時だった。めぐり合わせを感じてすぐに申し込んだ。当日、Googleナビを駆使してドキドキしながら向かった。思ったよりずっと多く80人程の人生の先輩方がおしゃべりしながら開始を待っていた。それ風の恰好をした人もわりといる。私は目立たぬよう後方の一番左端に立った。たくさんの背中が見えて安心だ。しかし動きの中で左を向くことがあった。となると私の位置では前に誰もいない!分からない。横目でチラチラ見ながら数回を終えた。休憩で隣にいた70代であろう方が初めてなの?と話しかけてくれた。「太極十年不出門というから私も長いけど初心者、基本が大事だからね。太極拳は飲まない漢方と言われているから細く長く続けられるといいわよ。この人もあの人も(他の教室では)先生だから見てやるといい」と言う。そこでようやく私は「左端に立ってしまい分からない時があって」と口にできた。すると初めて本当に言葉通りに、背中を押されて前方へと行くことになった。こんなに前で恥ずかしいと思ったのもつかの間、後方では気がつかなかった同じく真の初心者であろう人もちらほら居て、ほっとしたとともに分かりやすくもなり、困ったと言えてよかったと思った。
グループ(集団精神療法)の話に戻る。グループを学んでみようと思いキャンディデイト(CA)に登録したのは10年程前だった。その後ずっと足踏み状態。毎年登録料振込用紙が送られてくる度に「なるの?ならないの?どうするの」と用紙が言う。日常が忙しくてグループを学んでいる時間はないのですよと言い聞かせ、CAという事実を無視したくて、登録料を滞納したこともあった。(ごめんなさい。)なぜ、どうしてそんなに私はグループサイコセラピスト(GPT)になりたくないのだろう。 ―私にはGPTになる覚悟がないのだ― もし時間数を取得し申請し承認されたら公にGPTと開示される。それは怖い。
運転免許を取得しても上手に運転できるか心配だ。学生時代に不安と面倒くささが相まってお金がもったいないと思いながら途中で教習所に行くことを断念した。社会人となり車がないと不便な場所なので仕方がなく取得したけれど。今はゴールドではあるが過去に自損事故を起こした経験もあり運転はやはり怖い。私は作業療法士(OT)だがOTだから器用だろうと言われることもまれにあるが私は器用ではない。編み物はいびつになってしまうし、よく忘れ物もする。説明書を読まずしてラックを作り始めて結局作り直すことも多分にある。
そんな私は、人に聞いたり頼んだりと周囲に甘えてなんとか今ここにいる。それも日本の母性社会だからなのか。私は理論的なことがどうも脳に馴染んでいかない。それよりも周囲の、グループの、そこの人に助けてもらった/寄り添ってもらった、という温かさが沁み入る。見る聞く話す漢方療法。私のこころはじんわりと調心されていく。
GPTは、リーダーなのではなくコンダクターなのだ。これまでにグループは相互学習だと体験した感覚が(それ以外にもいろいろあるが文字数制限もあるので省略)今回の大会で欲張った体験グループへの申し込みに背中を押したのだった。
とはいえ、甘ったれるな、本を読め、自分で考えろ。これは私の中の父性の声か。
なんだかよくわからないこともたくさんあるけど、じたばたしながら足を運んでいきたい。
こんな私をグループへと引き入れてくれた人達と出会えたことに感謝したいと思います。
日本集団精神療法学会公式HPコラム 2026年4月
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