リレーコラム05 「グループ風にやってみる」 野村学

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グループ風にやってみる

野村学

なんでもそうかもしれないが、標準モデルをそのまま実行するのは中々難しい。ことに臨床、教育、福祉といったヒューマンサービスの現場では、地域・職場の文化、担当者の立場や権限のほか、どのタイミングで、何の目的で始めるのか、差し当たりなのか長期計画なのかなど、さまざまな状況に応じてモディファイ(修正)して、グループ実践はなされていると思う。

必ずしも充分なグループ構造を用意できないとき、私は、グループではない場面もグループ「風」に見たり動いたりすることがある。たとえば精神科病院では、病棟の申し送り、グループ外出・レクリエーション・施設見学、盆踊りやカラオケ大会、各種勉強会などを少しだけグループ「風」にとらえ、交流してみる。するとスタッフや患者の風通しがよくなり、本来のグループ(コミュニティミーティングやSSTや小グループなど)も生き生きするように感じることがある。

学校では、たとえば生徒指導委員会。そこは管理体制・責任体系の確認をし、はみ出すことや回り道を正し、不合理でわかりにくいことに答を出すための場だから、ここでグループ「風」に存在し、振舞うと、時にビックリされることもある。しかし、学校全体の現状を踏まえ、参加メンバー(管理者・学年主任・生徒指導・養護教諭など)との関係がある程度準備できていれば、「そうか、そうも見られるね、ほかには?」という展開になったりする。教育本来の持つ、開発的姿勢が復活してくるのだと思う。

グループ風とは、メンバー全員をよく見ながら率直な発言や質問を心がけるということだが、うまくいけば議論が双方向で曲線的になり、新しいチャンスの母体としての程よい混乱になる。やはり何らかのグループワークが既にある現場の方が、安心してコミュニケーションを抱えられるように思う。またそのときの状況に応じて、いろいろなことが起こる方がいいときはグループ「風」にかかわり、何ごともない方がいいときは控え目にする。

 

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