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反抗期/水野高昌さん (リレーコラム31)

2021年11月16日

「反抗期」

水野高昌

 ダボダボのズボンに膝丈の学ラン,ありえない高さのカラーが首を絞めつけ,焦らずとも齢とともに後退していくのにワザワザ額に剃刀をあてる.そんなのがカッコ良かった時代だった.まじめな小学生だったのに,ヤンチャな兄のおかげ(せい?)で中学に入ると「おまえが〇〇さんの弟かぁ,世話になったなんだよなぁ」と先輩たちからありがたくも声をかけていただき学校選択制のなかった時代を恨みつつ,ちょっと元気そうな若者は街中歩いているだけで見ず知らずの人から熱い視線を向けられる風習があったので,自分を守るために必死になっていた.

 毎月のように遠征しては団体戦で拳とキックの応酬.オリンピック公園の体育館の屋根によじ登って,夜景を見ながらみんなでひと箱を分け合ってぷかぷかして,放屁しそうだからライター近づけたら本気で引火して笑い転げて,コーラに液体入れるのは良しとされたけど,液体入れて吸うのは脳と歯が溶けるからやめろと本気で止めたりした.「先公(すでに死語)」とか嘯いて反発するのがカッコいいとされていた時代.同性でツルむのが楽しかったけど,ずいぶんと背伸びしてたなぁ.伸びる方向が間違ってるけど.

 よくありがちな居酒屋で職場の部下に武勇伝(?)語る中年のおっさん.「楽しかった」ノスタルジーの裏には忘れかけていた喉の奥にへばりつくような「苦み」も伴っている.

 家庭が荒んでいたわけではない.柔剣道の長木銃と昭和天皇の写真を飾っている明治生まれの職人気質の頑固な祖父,下町生まれの気の強い祖母,6人兄弟の次男なのに親を引き取っていた人のいい父と起伏が少なくぶれない母,思春期にありがちな若干不安定で気性の荒い兄が二人.食べるに困るほどではなかったけれど,流行りのミクロマンやガンプラを買い与えてもらうほどの余裕はなかった.

 決して広くはない木造モルタルの2階建てに7人,ひきこもれる個室が与えられているわけではないので,常に周囲に人の気配を感じながら生活していた.与えてもらっていたのに何故だか「窮屈」さが常にあって,早く家を出たいと思っていた.親からの抑圧と親への反抗期がなかった分,兄たちへの同胞葛藤は色濃くあったのかもしれない.

 臨床で働き始めると様々な生活背景をもった人たちとかかわることになった.自転車で行ける範囲が世界のすべてだった小学生から,思春期へと移行する中で心身・物心・さまざまな環境が拡張し激変していくなか,うまく折り合いがつけられず,心身に変調をきたしてひきこもることで保っていた時期を通ってきた人たち.まったく違う背景であるはずなのに自分のその頃を重ねてしんどくなったり,内的な救いを求めたりしていた.

 十年を超えて家族以外の交流がなかった人が,年単位の経過の中で,友達もできてカラオケにもいくようになるまでに生活圏を広げていくステージに立ち会えたこともあった.異性との交際が成長につながることもあれば,家族を巻き込んで「出禁」になることもあった.意図して設定された集団のなかで修正的な感情体験をする場であることが求められているのに,傷つきの再生産につながっていたことも少なくなかった.いったいこの場は役に立っているのだろうか.自分は役立っているのだろうか.

 見えづらい成果から実感が乏しい達成感,自問することも少なくなかった.安心・安全の保障と自立を促すため自主性を重んじることの両立の難しさ,抱え込むリスクと脱人格化していくことの弊害.相手に寄り添う,物わかりの良いスタッフのロールモデルをとろうとしていた時,ある同僚から「彼らには反発できる対象も必要だよね」とのひとことに腹落ちした.

 ネガティブな意味を内包した「若づくり」が,いつの間にかカタカナ英語のアンチエイジングになってもてはやされている.若さに媚び,いい歳して「〇子会」とする心性.「了解しました」をあえて「り」と打ってみる自分への嘲笑.成熟することへの価値が軽んじられる時代性.成人することを拒否するかのような志向性と思考過程.自律を促すことを声高に叫ぶ割には,忖度をすることが陰に陽にはびこり,自立することが諦観とともに先延ばしされることを良しとする雰囲気が蔓延するいま.いつまでも子どものままでいることが求められ,御しやすいように同調圧力と権威に対する思考停止が大勢を占めているのではないだろうか.「言いたいこと」と「余計なこと」が峻別されず,飲み込むことで他者との軋轢を避けることの是非.横並びの仲の良さ,いい人たちが多いけど毒にもならない物足りなさを感じる.反抗・反発・反骨といったものがアンシャン=レジームとして追いやられるいま.管理されることへの誘惑と耽溺,危うさが幻のように見え隠れしている.

 反抗期にきっちりと反発できてると,相手の反抗にゆとりをもってつき合えるのになぁ.

 (集団精神療法学会公式HP リレーコラム 2020年5月)

※PDFファイルで読む → リレーコラム31 「反抗期」 / 水野高昌