リレーコラム06 「発達障害の親のグループ」 関百合

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発達障害の親のグループ

関 百合

大学の保健センターで月一回開催して3年目。スタッフは、一年目は医師と心理(筆者)の2名。コンダクターは筆者が担当した。メンバーは発達障害の学生(診断確定済)の母親3名で、それぞれ親子ともに医師に学業生活面でのサポートを受けていた。後にメンバーは診断確定していない子を持つ家族2人が参加し、5名に増えた。

発達障害といっても問題は様々なのだが、親が心配するということになると、やはり中心課題は学業と生活である。昼夜逆転して朝起きられず、必然的に授業に出席できない。授業に出席できないと単位が取得できず、留年する。レポートをどう書いていいかわからない。レポートが書けないということは、もちろん卒論もかけない。必然として卒業できない。私の大学は偏差値的には高い大学なので、入学したということは、親も教員もそれなりにできるだろうと思っている。だから、いつかやる気になればなんとかなるだろうと、みな思っている節がある。ところがどっこいなのである。

親たちは、なかなか相談できる場を持てないことが多い。「できる子」だったはずなのに、なんで大学まで来て、と思う。子の方も、いったいなんでこんなことになってしまったのか、理由をうまく説明できない。だから、なおのこと混乱する。話しても話してもわかってもらえない、という経験を子も親も共に、長い間経てきているのである。

当初グループはそれぞれが医師に自分の子どもの話をし、どう対応したらよいかを聞くという様子で、メンバー同士の横の繋がりが見えなかった。他のメンバーは静かに聞いていて、自分の子どもとの共通点等があれば意見を言うという状態が続いた。この間発達障害に詳しくないコンダクターは開始と終了をコールするだけの役割を取っていた。

1年が経過し、ずっと子どもの依存と自立の葛藤を訴えていたあるメンバーが、別のメンバーからの強いサポートもあって、とうとう子どもの一人暮らしを援助するようになった。ここから、そのメンバーの家族力動が大きく変わり、母であるメンバー自身が自分の自立について語り始めた。これに呼応するようにもう一人のメンバーも、家族の中での自分の存在について語るようになった。

この後、まだ診断のついていない学生の母と姉が参加するようになった。新メンバーの経験がそれまでのメンバーに自分の歴史を振り返る機会を与え、助言するという新しい役割を取るようになった。また、新しいメンバーは、自分の子どもや家庭だけが特殊だと思っていたのが実は同じ経験をしている人がいることを知り、勇気づけられ冷静に事態を見られるようになっていった。

この間にわかったことは、お互い手探りをしながら、なんとか子の苦しんでいる問題は何か、について理解しようとすることだったような気がする。そしてそれはスタッフにとっても、発達障害とは何なのかを学ぶ大切な機会であったと思う。

3年目に入った現在のグループでは、親同士が活発に意見を交換し、勇気づけられ、自分や家族を見直すことのできる場になりつつある。

 

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