リレーコラム10 鴨澤あかね 2018年7月

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「Personalize(パーソナライズ):自分に引き付けて考える」

鴨澤あかね

 ある日の話し合いで勇気を出して自分の意見を発言した。しかし何の反応もなくしばらく沈黙になった。その後、別の人が発言し、自分の発言は取り上げられないまま違う話題になっていった。
 「あー、うまく伝わらなかった。自分は話すのが下手だなぁ」「場にそぐわない発言をしてしまった」「この集まりの参加者は、自分のことをあまり良く思っていないみたいだ」
 似たような体験、みなさんはありませんか?

 グループ・アプローチの手法の一つSCT(Systems-Centered Training / Therapy / Approach)では、このように自身の体験を自分に引き付けて考えることを“パーソナライズ”といい「人々の足をセラピーに向かわせる痛みのほとんどが、体験のパーソナライズから生じる」としています。
 私には次のような体験があります。それはSCTの創始者であるアガザリアンの住む米国のフィラデルフィアで1年間、トレーニングを受ける機会に恵まれた時のことです。
 ある休日に、私は同じくフィラデルフィアに住み、長年SCTのトレーニングを受けているアメリカ人女性の家に招かれました。そのパーティーにはその女性の夫、友人など全部で7名ぐらいの人がいて、私以外は全員アメリカ人でした。みんなで女性の手料理を食べ、お酒を飲み、なごやかに談笑しながら時間が過ぎていきました。お腹が満たされ、酔いがまわってきた頃、話の内容はずっと長く友人関係である、私以外の人たちにしかわからないような過去の話になりました。私は会議などの場面で公式に使われる、いわゆる標準語の英語ではなく、気の置けない友人同士、崩した英語で語りあうのを理解するだけでも難しい上に、友人同士にしかわからないことで「そうそう」と言い合っている状況に全くついていけなくなりました。そしてただニコニコと笑って話を聞くしかないまま1時間ほどが過ぎ(実際はもっと短かったかもしれません)パーティーは終わりました。
 帰りに車で私をアパートまで送ってくれる道すがら、私を招待してくれた女性がこう言いました。「今日の後半、みんなが昔話をしていた時、Akane(筆者)がどんな気持ちでいたか気になってたの。でもAkane、この体験をパーソナライズしないようにね。見知らぬ新しい人がいるグループがこうなるのはよくあることだから。」つまり彼女が言ったのは、友人同士が私を疎外して盛り上がり、私が話についていけなかったのは(彼女はどうしたものかと気になりながら、どうにもならなかったよう)、みんなが私のことを良く思っていないからとか、私の英語の能力が低いからとか、自分に引きつけて考えないように、それがグループなのだから、ということです。
 もう少し解説すると、この時のパーティーは、私という見知らぬ新しいメンバーがおり、参加者の中には何等かの不安や緊張があったと思われます。それでもパーティーが始まったばかりの時は、気を遣って私に話しかけるなど、参加者はいわゆる適応的な対処行動をしていたのですが、お酒が入って行動の統制が緩んでくると、過去の体験を共有する者同士で盛り上がり、不安要素である私を排除して、不安に直面することなく、なじみのある人たちだけで昔話に花を咲かせて安心感を得ていた、と考えられるのです。
 このようにグループにはそのグループがもつ動き(力動)があり、個人は否応なくその影響を受けています。「個人はグループの操り人形だ」とよくアガザリアンは言っていました。個人の要因が全くゼロというつもりはありませんが、体験をパーソナライズせず、グループに起きていることを考えてみませんか?きっと私たちの体験は違ったものになるはずです。

(集団精神療法学会HP リレーコラム 2018年7月)

※PDFファイルで読む → リレーコラム10 「Personalize(パーソナライズ):自分に引き付けて考える」 鴨澤あかね 

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