リレーコラム新企画 No. 5 委員長事始め

委員長事始め

岡島美朗

広報委員会からの執筆依頼は、「『集団精神療法の魅力』『集団精神療法学会で学べること』『私が大切にしていること』などについて書いてほしい」とのことだった。このなかで、「集団精神療法学会で学べること」について考えてみたい。ただ、大局的な見地から、といったことはしょせん無理なので、私の個人的な体験を材料にしたいと思う。

私が教育研修委員長となったのは、2014年春のことである。理事長を退任される相田信男さんが次期教育研修委員長の人選を進めておられたが、何人かの候補に打診したものの不調に終わったようで、「だめだ、君しかいないよ」と告げられたと記憶している。

相田理事長の下で3年間事務局長を務め、様々なことを勉強させていただいた私は、なんであれ相田さんのおっしゃることには従おうと決めてはいたが、それにしてもこの人事には2つの点でとても困惑した。それまでの教育研修委員長は、相田さん、高林健示さん、田辺等さんで、みなさん長く学会を支えてこられた重鎮であったのに比し、私はあまりに小物であったことが一つ。もう一つは、私はそれまで教育研修委員会に関わったことはまったくなく、研修会やプレコンもさぼりがちだった(なにかのおりに、相田さんが“スーパーヴァイザーはプレコンに出るのは当たり前だろう”とおっしゃるのを聞いたことがあり、それ以来研修会やプレコンに出ないと後ろめたく感じていた。こういうことを、意外と気にする性質である)ことである。そういうわけで、委員長を引き受けてみたはものの、何をすればいいのかさっぱりわからなかった。

春に委員長を引き受けると、最初の仕事は秋の研修会を企画することである。6月に入ると、委員長交代に伴い、事務局業務も引継ぎ中だった、前事務局担当の方から「〇〇をしてください」「・・・までに△△をしていただかないと間に合いません」といったメールが入るようになり、尻を叩かれるように作業をした。自分のしていることが正しいのかどうかわからないので、副委員長だった菅武史さんにその都度相談すると、とても的確に答えてくださるのだが、彼のクールな表情を見、しぶい声調を聞いていると「そんなこともわからないんですか?」と思われているような気がした。そうしながらなんとか研修会当日を迎え、教育研修委員の集合時間に行ってみると、集まった委員たちは特に指示を受けることもなく、会場のセッティングに入り、瞬く間に準備ができてしまった。ここでも、どう動いていいかわからない自分はのけ者にされたような気がしていた。

ただ、そうしたアウェイな感じは、研修会1日目の朝を頂点に徐々に薄れていった。控室でぽつねんと座っていても、特に非難されるわけでもなく、みんなそれなりに声をかけてくれる。始めて大グループのコンダクターをした際、参加者から不手際を指摘されると、先輩がさりげなくフォローしてくれる。あ、自分はサポートされているんだ、と思えてきて、研修会を終えた。その後のプレコン、研修会では、準備段階からある程度成り行きを見通すことができるようになり、研修会当日の設営も徐々に「みんなに任せておけば大丈夫」と思えるようになった。

こう書くとつくづく思うのだが、この私の体験ははじめてグループに参加するときのそれとそっくりである。委員長就任当初の疎外感は、私の不安が投影されたものであったろうし、それはまさにグループにおける初期不安と相似といえる。そこで過ごすうちに不安が解消し、自分が受け入れられたと感じられるのは、それこそグループのだいご味であろう。委員長という役割を通してそれを体験できたことは、私にとってとても貴重なことだった。

さて、この原稿の主題は「集団精神療法学会で学べること」だった。少々風呂敷をひろげ、こう言ってみたい。

グループで体験したことは、人間が織りなすさまざまな場面を理解する道を拓く。この学会では、そのことを知的にも、体験的にも学ぶことができる。この学びこそが、我々の学会で活動することを通して得られる最上の果実だと思う。

 

日本集団精神療法学会公式HPコラム No.5 2022年6月)

 

 

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