リレーコラム37 藤堂宗継 2020年11月

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新型コロナウィルス感染拡大とサイコドラマ

藤堂宗継

今年3月,新型コロナウイルスの感染拡大によりグループ活動が休止を余儀なくされました。しばらく様子を見ている間に,再開の目処が立つのではないか,と甘い期待を抱いていました。しかし,グループを休みにしたままでは困るという思いが強くなり,オンラインでの集まりを始めました。試行錯誤している時期に,学会の研修委員として活躍されている二之宮さんから次のリレーコラムどうですか?との連絡がありました。サイコドラマの人はまだ書いていないからという言葉が添えられて,サイコドラマでもご一緒したことがあるだけに,これは何かの縁と思いお引き受けすることにしました。

私は,集団精神療法の中でもアクションを用いて行うサイコドラマという技法を使っています。サイコドラマについてあまりご存知ないかもしれないので,少し語ってみたいと思います。

サイコドラマはいろいろなタイプがあるのですが,主に行なっているのは主役中心のサイコドラマで,古典的サイコドラマと呼ばれるものです。参加メンバーの中から,主役が選ばれ,その主役の持つ現在の問題を解決するために必要な場面を設定して,それを演じます。そして,必要であれば,過去の外傷体験の場面に戻りその修正を図り,現在に戻るというものです。

本格的なサイコドラマに出会ったのは,1982年,ザーカ・モレノ女史の研修会に参加した時です。後にサイコドラマの仲間内では「モレノショック」と呼び,衝撃的で劇的な体験の場でした。魂を揺さぶられ,主役や参加者の深い感情に触れるものでした。

その後1987年に環太平洋集団精神療法学会が渋谷で開催されました。その会場で”テレ”を強く感じる出来事がありました。”テレ”はモレノが提唱したソシオメトリーの概念で,個人が他者に直感的に感じるもので,対象選択に働くものです。目的の階に向かうエレベータの中に,小柄で英語を早口で話す女性がいました。初対面にもかかわらず,この人にサイコドラマを習うことになると強く感じたのです。全く知らないにもかかわらず,何の根拠もなく,強いつながりを感じたのです。その人はイレーン・ゴールドマンでした。彼女のワークショップで主役になり,このサイコドラマ体験が自分の中のプロセスを大きく変化させました。

そして,イレーンのサイコドラマを学びたいと思いアリゾナ州キャメルバック病院へ留学しました。そこでの研修はとても大きな収穫をもたらしました。キャメルバック病院はプライベート病院で,入院患者はうつ,ドラッグ,アルコール,喪失体験などの問題を持っていて,あれから30年たちますが今の日本の病院での状況が重なります。

そこで学んだサイコドラマは,主役が現在出来なくなっている選択と決断を自分の責任で遂行していくために,必要なら過去に戻るというものです。それは人生の選択に影響を及ぼす過去の感情を切り離すということを行います。自分の中にいる過去の小さな自分が現在の自分に影響を与えるのです。その小さな自分を排除しないで,その思いを聞き,秘めていた怒りや不安や絶望の気持ちを表現させるのです。それによりこれまで知らずに使っていたプロセスを変化させ,自分自身の将来に対する選択を責任を持ってすることが出来るというものです。治療として用いるための細かい配慮とその技法を手に入れました。

そこで習ったサイコドラマの哲学は,自分を救えるのは自分自身だけだといえるものです。それは砂漠の文化と繋がっているように感じました。フィニックスは砂漠にある都市です。キャメルバック病院のある地域はとてもきれいな庭を持つ家が並んでいます。しかし,その緑を維持するには朝夕のスプリンクラーはかかせません。砂漠は自分で動かないと何も始まらないのです。人が住む緑豊かな家が,人が住まなくなると赤茶色の何もない砂漠に帰ります。

そんな背景を持ちながらサイコドラマを長年続けてきました。多くのグループを持ち,体験やトレーニング,スーパービジョンなど休むこともなく続けました。それが新型コロナウイルスの感染拡大で突然グループの休止を余儀なくされ,しばらく茫然としていました。そのうち,このままではどうにもならないと感じ,何もしないよりは,とオンラインでの集まりを始めました。画面上とはいえ久しぶりに顔を見ながらの近況報告は感動的でした。この経験は,サイコドラマの理論や技法について改めて考えるきっかけとなりました。今後しばらくは対面で集まることが難しいだろうから,オンラインで可能な形のサイコドラマを考え,試みました。思う以上にオンラインでも,アクションを用いて現在の自分を表現することができました。この試みは,対面で集まるグループとの違いは大きいが,どの程度オンラインでサイコドラマを行うことができるか,それはどのような効果をあげて,どのような不利な点があるかを考える機会になりました。

しばらく時間がかかるでしょうが,サイコドラマのグループをまた再開できると思います。サイコドラマは,人の持つ感情を安全にそして十分に表現することができます。特に怒りの感情を安全に表現することができます。感情の表現についてはまだまだ穏やかな日本社会です。その中で,必要な時には激しい感情表現をすることも大切なことだと思っています。新型コロナウイルスを体験したからこそ,必要なことだろうと感じます。今後どのように感情を表現するか,十分に表現することと舞台上での距離をどう保つか考える必要があるでしょう。また,良くなること,問題を解決すること,人生の選択をすることはどういうことか,それらを実現させるためにどうすればいいか,まさに,サイコドラマの哲学を改めて考え,それを実践していくことが重要だと感じました。

おそらく会員の皆さんもグループを行うことに関していろいろ苦労され,工夫をされたのだろうと思います。その貴重な体験を語り合える機会が早く訪れることを願っています。

(日本集団精神療法学会公式HPリレーコラム2020年11月)

※PDFファイルで読む → リレーコラム37 新型コロナウイルス感染拡大とサイコドラマ / 藤堂宗継

 

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