リレーコラム19 堀有伸 2019年05月

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東日本大震災と原発事故を生きて、そして見つけた、

自分のなかのスプリット(分裂)のこと

堀 有伸

 

私は今年47歳になる精神科医です。集団精神療法学会のリレーコラムを今回は任されました。どんなスタンスで書こうか、迷いながら書き始めています。以前の私はこちらの学会で、熱心に活動していました。今は、ちょっと距離を置いています。結構、学会について批判的なことを言ったり書いたりします。それでも、こういう機会が回ってくるという意味では、こちらの学会は、器が大きいと言えるでしょう。

東日本大震災の後、福島県に私は移住して、一生懸命やってきました。それのご褒美で機会をもらったのかな、と思います。日本全体をグループでみたとき、東日本大震災はとても大きな出来事でした。そこで私が体験したことを、グループを学んだ立場から書くのが期待されている役割なのだろう、と感じています。

2012年の4月から南相馬市で暮らしているので、7年の時間が流れました。長いですね。

集団力動の言葉でこの7年間に見聞したことを解釈するならば、一番強烈に感じているのは、トラウマと喪失の否認、それから躁的防衛とお金儲けの原理の結びつきによる考えることの放棄、といった事態でしょうか。

この3行のことをちゃんと説明し始めると、それだけで本が2~3冊書けそうです。今回はしかし、雰囲気だけ感じおいてください。

この先では、「日本は」とか「被災者は」という主語は使いません。「私は」を主語にします。東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故という事態にどっぷりと巻き込まれて身に沁みて私が感じたのは、自分の心の根幹で、「日本のことを狂おしいほどに愛しく思う気持ち」と「日本が罪深く、変化に対応できずに衰退していく存在に感じられて、そこから逃げ出したい気持ち」の両方に、徹底的に分裂(「スプリット」という言葉を使わせて下さい)していたということでした。

「ああ、だから、日本の社会の中で自分の場所を定められないように感じていたんだ。だから、震災があったときに、あんな勢いで被災地に飛んでいって、今にいたるまで落ち着きなくバタバタ動いていたんだ」と、分かってきました。

おかげさまで、一生懸命生きていたら、何年かの間に少しずつこのスプリットが、統合されてきているようにも感じます。まだ、いろいろとあやしいところはありますけれど。

今回は、これを書いていて、「私は日本集団精神療法学会にも、同じスプリットした思いを持っていたんだな」と気がつきました。

ここまでお付き合いして読んでくださり、ありがとうございました。面倒くさくなかったですか? 面白がってくださったら、書いた甲斐があります。 いつかどこかで、お会いするのを楽しみにしております。

 (集団精神療法学会公式HP リレーコラム 2019年5月)

※PDFファイルで読む → リレーコラム19「東日本大震災と~」/堀有伸

 

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