職場で連想していること/樋口智嘉子 (リレーコラム14)
職場で連想していること
樋口智嘉子
私は現在大学の学生相談室に非常勤カウンセラーとして勤務している。相談に来られる大学生は、困ったことがあって相談に来られ個別に会うのだが、複数の人から同じような相談をされることも多い。青年期に多い悩みだからということでもあるとは思うが、青年期のありようは、社会の状況によって大きく左右されると言われるように、何か社会の状況も影響しているのではと思うことも多い。私が入職してからの7年の間でも、何か変化しているような感覚がある。私は、2017年3月に学会の第34回大会の自主ワークショップに参加して「社会的無意識」という概念を知ったが、この「社会的無意識」も何か影響しているのではないかと思ったりもする。
ワークショップの西村馨さんの講義や資料によると、「社会的無意識」とはある時代のある社会共同体の中に深く根付いた価値観や反応様式が、言葉で語られることなく、無意識的にコミュニケーションの中に見えない形で受け継がれ、人々の価値観や反応様式として定着するというものであり、災害などあまりにつらい出来事などは、人々の中で十分に語られることなく、未処理のトラウマが「社会的無意識」となって受け継がれ、歴史的に醸成され社会に広く浸透していき、いつの間にか「そういうもの」と理由も考えずに受け入れられていたり、暗黙のルールというようなコミュニケーションの中に見えない形で入り込んでいくというものである。ワークショップの西村さんの講義では、日本の第二次世界大戦後の例をあげ、戦後日本経済は成長したが、その無意識の原動力として、言葉にされない激しい痛みを否認する防衛機制が働いていたのではないか、と西村さん個人の体験として家族におけるトラウマの暗黙の伝達の例をあげ「社会的無意識」の影響について説明しておられた。そして講義の後、参加者を年代ごとにグループ分けをし、グループごとに社会的無意識の表れと考えられることを話し合うという、とても興味深い内容だった。
今の大学生の親世代というと、西村さんの講義にあった「戦隊ヒーローもの」を見て育った世代なのかと思う。その親世代が思春期青年期だったころといえば、学校によっては校内暴力などで荒れているところもあったり、大人から押し付けられる理不尽な規則や、権威に反発しながら育った世代ではないかと思う。大人になり、反面教師のように子どもに対して理解を示そうとし物分かりのいい親が増えた。「ゆとり教育」もその延長なのかもしれない。そうして権威的なものをなくしたことで、子どもたちは反抗しなくてもよくなった。ますます少子化になり、親は子どもの教育に力をいれ、期待をかけ、お金をかける。子どもは親の期待にそって、いい子でいなければならなくなってしまったのではないかと思う。家庭でも学校でもそこで受け入れられるためには協調性が大切になり、表面的な会話に終始し、そこで与えられた役割を演じるというような対人関係しか持てず、誰にも本心を話せていないという人も多い印象である。最近では昔と比べて大学への進学率が増えていて、高校での進路選択をする時に「周りがみんな大学進学するので、それ以外の道はあり得ない雰囲気だった」と言う人が何人もいる。親は子どもの将来を心配し、周りの子が行くんだったらうちの子もとか、周りよりもいい大学にと期待をかける。高校や塾は、進学率を上げようと、より高い偏差値の大学を受験することを勧める。そうやって勧められるまま志望校を決め、大学受験に合格するというゴールのために、学校や塾から与えられる課題をいかに言われた通りやって、テストでよい点をとれるかだけを目標にしてきている。もちろん大学に入って、受験勉強から解放されて大学生活に適応でき、自分のやりたい勉強や活動に主体的に取り組める健康な大学生も多いが。私の連想だけでなく、他にもいろいろあると思うし、「社会的無意識」は考えると興味深いテーマだなと思う。
いつの時代も「最近の若者は」と若者批判をする人はいるのだが、社会現象と思われることがらにも、それに至る歴史があり、親から子へと語られないまま受け継がれ知らず知らずのうちに定着している「社会的無意識」の影響が何かあるのかもしれない。そう考えてみると、また違った目で若者を見ることができるのではないだろうか。
社会とか歴史とか言い出すと、一カウンセラーとしては話が大きすぎて無力感でいっぱいになってしまうのだが、何かを得てくれたらいいなと思いながら、来室する学生とお会いし続けている。できれば、個別の面接だけでなく、グループの体験もしてもらえたらと思うのだが、在学期間しか利用できない学生相談の中で行うには限界もある。ではどんな構造でグループをやればいいのか、それを考えていくのが私の今後の課題である。
(集団精神療法学会HP リレーコラム 2018年12月)
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