リレーコラム「グループと私」No.10
グループと私
高玲児
私が普段関わっているグループは、中高生が対象の「コノツギの会」と「さみどりの会」です。学生バイトとしてクリニックで働き始め、プログラムだからとグループに参加していました。グループが何なのかを知りたくてKOBEグループ勉強会(KGB)に参加し、私が「コ・コンダクターをしたことがないからわからない」と発言すると、院長や先輩から「グループはいつもコ・コンダクターとして入ってもらっているよ」と言われ、そうだったのかハッとして恥ずかしかったことを覚えています。良い子でいたい私は、レビューで学んでほしいという院長や先輩の意図をくみ取れていなかったこと、「素で参加してね」という先輩の言葉を字義通りに受け取り、伝わってほしいメッセージに気づいていなかった自分にがっかりしました。リレーコラムのお話をいただき、そんな自分を思い出し、過去の自分を忘れていた自分がまた恥ずかしいです。
グループの講座に参加し、「頭で考えるのではなく、口で考える」とレジュメに書かれていて、大事そうな気がして赤ペンで丸をつけました。いざグループになると「口で考えよう、口で考えよう」と考えながら、うまく伝わる言い方をシミュレーションしていました。体験グループでは、上手く話しているつもりが、口が勝手に何かを言い始めている体験をしました。予想外の質問をされたり、「今どんな気持ち」と聞かれたりすると、言うつもりがなかったことがポロポロ口から出て、涙が出ていることもあります。気持ちが裸になるような感覚です。
グサッとくることも言われます。初めて会った人から、「あなた〜ね」と言われ、アッパーを食らったような時があります。グループが終わった後も残ります。自分にとって都合の悪いことがあっても、また参加したいと思うのは、相手も口で参加しているからです。頭で考えていたらあんな風に言えないと思います。大人同士が感情を出し、ぶつかり合っていることがかっこよく見えます。お世辞や表面的なことを言われない、言いにくい、言わなくてもいいグループがどんどん心地よく感じてきました。
どう思われるか、言ってはいけないのではないかという気持ちをいったん置き、突拍子もなく言いたいことを言うと、グループで不思議なことが起きることがたまにあります。「コノツギの会」でも、何か意図があって言うよりも、言いたい時に場に任せて言ってみると動きが生まれたりします。言った自分でも説明ができません。「場が言わせる」「場に言わされる」というグループの考え方は面白いです。
円に座ってグループをしていなくても、学校を「グループの視点でみる」実践方法を学んでいます。みんなが盛り上がっているように見えて、だれかは寂しさを感じているかもしれない。うまく進んでいる背景には、誰かの負担があるかもしれない。言いたいことがあっても、立場があって言えないでいるかもしれない。忙しい日常の中では、気持ちにふたをして、楽だから表面的に済まそうという流れがあり、それを察してしまいます。でも、あえて遮って、生意気を言ってみます。いつも今までのグループ体験が私の背中を押してくれます。
日本集団精神療法学会公式HPコラム 2026年6月
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