リレーコラム「私のグループとの出会い」No.3
私のグループとの出会い
垰 雄士
こんにちは。はじめまして。私は垰(たお)と言います。広島県出身で、今も広島県に住んでいます。8月、酷暑の中、普通自動二輪(バイク)の免許を取得しました。ここ最近は秋晴れの中、「ツーリングキャンプ」を満喫しております。いつも、私が自己紹介をすると、「珍しい名前ですね~」とよく言われるのですが、「垰」というのは中国地方に多い名前なんですよ。珍しがらず、どうぞよろしくお願いします(笑)。
さて、リレーコラムのバトンを受け取ってからというもの、とっても悩んでおりました。二つ返事で引き受けたものの、「誰」に「何」を伝えたらよいのか、からっきし思い浮かばないのです。しかも、「私のグループとの出会い」といいますと、とってもトラウマティックなお話になりそうでしたので、「ここで書くのもな~」と悩んでしまいました。そこで! 今回は、「日本集団精神療法学会に入会していない人」に向けて、「グループと出会うってなんだろう」と、一緒に考えるスタンスでコラム執筆にチャレンジしてみようと思います。もちろん、「日本集団精神療法学会に入会している人」も読んでいただいて、ぜひ感想を教えてくださいね。
「あなたの“グループとの出会い”は?」。そう聞かれると、私は困ってしまいます。私の場合、どうしても「災害」が思い浮かぶからです。私は、災害の影響で、精神科デイケアで働くことになりました。これが、私がグループと出会うきっかけでした。詳細は「避けたい」ので、機会があれば、実際にお会いしたときにでもお話しさせてください。ここで私が申し上げたいのは、「グループとの出会い」には、「少なからず『傷つき』や『怖さ』が伴うものなのではないか?」ということです。集団って、とっても「怖い」ものだと思うのです。「誰かに責められるのでは?」、「拒絶されるのでは?」と不安になりませんか。しかも、集団に飛び込むと「過去の恐怖」まで思い出されたりして。何を隠そう、私も集団が怖いです。できれば、「無人島一人生活」くらいが、ちょうどいいです(笑)。
ただですね。不思議なんです。集団って。「怖いのに居たい」と思ってしまうところがあるのです。例えば、無人島で一人暮らしをしても、どこか虚しさがこみ上げてくることでしょう。かといって、人混みの中で生活するのも、なぜか疲れる。人間というのは、「群れたい」けど「群れたくない」生き物のようです。たくさんの人がいるから安心だけど、たくさんの人がいるから怖い。皆と一緒にいたいけど、皆と一緒のことをすると自分が壊れてしまう。そういう矛盾が、集団にはあるようです。そんな矛盾するような「場」からは、ついつい逃げたくなっちゃいますね(笑)。ましてや、自分から飛び込むなんて・・・。
実は、この矛盾こそが、「集団精神療法」が「集団精神療法」たるゆえんなのではないかと思います。「グループと出会う」というのは、個人の心の中にある「グループ」と出会うということなのだと思うのです。どういうことかと言いますと、これまで接してきた集団を、人って大なり小なり心の中に取り入れていると思います。それが積み重なって、心が作られるといってもよいかもしれません。だから、「グループとの出会い」って、裏を返せば「自分自身との出会い」にもなるのかなと思います。実は、「怖いのに居たい」って、「自分と向き合いたいけど、向き合えない」っていう構図と似ているようにも思います。どんな人にも、心の中にすでに「グループ」はあって、それとの「出会い」になる。そう考えると、集団精神療法って、とっても大切な心の営みを行う場なのかなと、私は思います。
ですから、きっと「グループと出会っていない人」はいないと思うのです。個人の中にもグループはあるのですから。だけど、「避けちゃっている人」はいると思います。なんせ、私も「逃げたがり屋」ですから、「避けちゃっている人」のひとりです(笑)。そんな仲間へ。どうか一緒に、グループと出会いませんか? グループと出会いながら、自分自身とも出会ってみたり。いつか、私も「トラウマティック」な「グループとの出会い」に向き合えたらなと思います。来年3月、日本集団精神療法学会第44回学術大会が北九州であります。このコラムを読んでくださっている皆さんと(「変なコラム」って言われるかもとちょっぴり怖いけど)、お会いできることを楽しみにしています(笑)。
日本集団精神療法学会公式HPコラム 2026年11月
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