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~SLAM DANK(スラムダンク)にことよせて~/卜部裕介さん (リレーコラム29)

2021年11月16日

~SLAM DANK(スラムダンク)にことよせて~

卜部裕介

 『ありがてえ… 贋者じゃねえ…』。

 「ん!?聞いたことあるフレーズだな」と思ったあなたは私と同じ、井上雄彦のバスケットボール漫画、SLAM DANK(スラムダンク)が大好きな方でしょうか。
作品を代表するキャラクターで、その個人技でチームを引っ張る流川の台詞です。
インターハイに出場した流川は、王者山王工業のエース沢北に、圧倒的な実力の差をまざまざと見せつけられます。
しかしそこで湧いてくるのは、屈辱感ではなく『不思議な感情』でした。
さて閑話休題。

 大学院を卒業した私は、いくつかの非常勤職を掛け持った後、精神科病院に勤めることになりました。
心理面接や心理検査のトレーニングに精を出しつつも、臨床において「これだっ!」と情熱を傾けることができるものを見つけることができず、何か持て余している時期であったように振り返ります。

 そうして何年かが過ぎた頃でした。
 私の勤める病院に、集団精神療法を生業とする白髭の先生が、顧問として月2回やって来ることになりました。
そしてそれはよりによって(今思えば幸いにも)、私が病棟のオープングループでコンダクターを務める月曜日だったのです。
当時の私は集団精神療法について、対象の患者さんが一人ではなく複数、というくらいの意識・理解しかありませんでした。
不安を抱えつつ、何となく患者さんたちの前に立っていた(丸くなるグループではありませんでした)私にとって、白髭の先生の視線や存在は大きなプレッシャーで、居心地が悪かったのを思い出します。

 そんなある日、私は、白髭の先生が他所の病棟でコンダクターをするということを聞きつけます。
そこは長期入院の患者さんが多い療養病棟で、ドアは開放されているもののどこか空気が滞留していました。
食堂に丸くなって座るグループの話題は、皆がTVを見ている最中に、いつも勝手にチャンネルを変えてしまうAさんのことでした。

 Aさんはいつも独りで過ごしていて、皆と一緒に過ごすことが難しい患者さんでした。
言葉でやり取りできずに行動してはトラブルを起こし、患者さんからもスタッフからも叱られることを繰り返していました。
私は、Aさんの言葉を聞いたことも、会話している姿を見たことも無かったのです。

 グループは半ば諦めムードで、行き場を失った苦情を言い募っていました。
その時です、白髭の先生はキッパリと、物柔らかくも毅然とした口調で、「Aさん、皆こう言ってるけどAさんはどうしたいの?」とたずねたのです。
 その場にいる誰もが、「先生無理だよ」と思った次の瞬間、Aさんは消え入りそうな小さな声で自分の要望を語ったのでした。
そしてグループは、Aさんの要望も聞き入れて、TVの見方について話し合っていきました。

 電気が走るとは正にこのことで、私が本物と出会った瞬間でした。
と同時に、そこに至る道のりは遥か遠いと覚悟した瞬間でもありました。
そして現在(いま)、集団精神療法を志した私には、生み育ててくれた先生がいて、魅力的な先輩たちがいて、共に切磋琢磨する仲間がいます。
 まだまだ先は見えませんが、私も本物になるべく頑張っています。

 さて、追い詰められた流川はというと、ライバルから言われた次の言葉を思い出して覚醒し、味方にパスを出せるようになったことで、チームを活き返らせます。
 『1対1もオフェンスの選択肢の一つにすぎねえ それがわからねえうちは おめーには負ける気がしねえ』。

個人療法だけではなく、私たちと一緒に集団精神療法も学んでみませんか。

 (集団精神療法学会公式HP リレーコラム 2020年3月)

※PDFファイルで読む → リレーコラム29 SLAM DANK(スラムダンク)にことよせて / 卜部裕介